*第4回*WISC-Ⅳの結果から見えた娘の特性――“全部書いてあった”のに当時の私は分からなかった

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*第3回*WISC-Ⅳの結果で見えた娘の特性――でも当時の私は、すぐには受け入れられなかった

前回の記事では、小2で受けたWISC検査の結果を聞き、

「社会的コミュニケーション症という特性があります」

と言われたところまで書きました。

でも正直、当時の私は、

「えっ……自閉症なの?」

という気持ちで頭がいっぱい。

検査結果の数字を見ても、心理士さんの説明を聞いても、

娘が何に困っているのか、よく分かっていませんでした。

ただ、

「かなり凸凹があります」

と言われたことだけが、なんとなく頭に残っていました。

でも今、改めて心理検査報告書を読むと――

“娘の困りごと、全部書いてあったじゃん”

と思うのです。

検査初日、娘は答えられず涙を流した

心理検査の初日。

娘は、途中から言葉で答える課題になると沈黙が増えていったそうです。

「分からないって言っていいよ」

と言われても反応できない。

筆記で答えてもいいように紙と鉛筆を出してもらっても、書けない。

そして最後には――

涙を流してしまった。

私は当時、

「そこまで緊張してたんだ」

くらいにしか思っていなかった気がします。

でも今思えば、

“答えたいのに答えられない”

そんな苦しさがあったのかもしれません。

実際、私は先生に、

「聞かれていることは分かるけれど、どう答えたらいいか分からないみたいです」

と話していたそうです。

今読むと、まさに娘の特性そのものだったのだと思います。

「分かっているのに言葉にできない」子だった

心理士さんの報告書には、

言葉の理解や表現に難しさがある可能性

が書かれていました。

ただ、それは単純に「分からない」ではなく、

“分かっていても言葉にすることが難しい”

可能性もある、と。

これを読んだ時、

私は過去の場面がたくさん思い浮かびました。

困っているのに言えない。

学校で嫌なことがあっても言えない。

怒られても言い返せない。

ただ泣く。

そして親の私は、

「なんで言わないの?」

と思っていました。

でも娘は、

言えなかったのかもしれない。

言葉が出なかったのかもしれない。

今なら、そう思います。

「説明では分からない。でも見ればできる」

一方で、娘は

見て理解する力

がとても高い結果でした。

心理士さんからは、

「見たものを分析してまとめることが得意」

と言われていました。

確かに娘は、

口で説明されると分からない。

でも、

見本を見せると急にできる。

そんなことが多かった気がします。

学校でも、

「先生の説明だけでは分からない」

でも、

「隣の子を見て理解する」

ことがあったのかもしれません。

あの頃は気づいていませんでした。

ただ、

“理解の仕方が違う子”

だったのだと思います。

慣れるとできる。でも最初は止まってしまう

報告書で、私が印象的だったのがここです。

娘は、

経験を積んで課題に慣れると、本来の力を発揮できる傾向がある

と書かれていました。

実際、検査も初日は難しかった。

でも2日目は、一人で最後まで受けられたそうです。

これも、今の娘にすごく当てはまります。

初めての場所。

初めての先生。

初めてのやり方。

それだけで止まってしまう。

でも、

慣れると急にできる。

だから当時、

「昨日できなかったのに今日はできる」

が多かったのかもしれません。

「早くして!」が苦手な理由

処理速度は、少しゆっくりめでした。

でも報告書には、

“遅いけれど、とても正確”

と書かれていました。

書き間違いも少ない。

丁寧。

ただ、時間がかかる。

これも、娘そのものでした。

支度が遅い。

考えるのに時間がかかる。

急かされると止まる。

でも私は当時、

つい、

「早くして!」

と言っていました。

今なら分かります。

娘は、

できないのではなく、“急ぐ”が苦手だった。

そして心理士さんは、

「急かさず、時間的余裕を与えること」

まで書いてくれていました。

全部、報告書に書いてあったんです。

でも当時の私は、その意味が分かりませんでした。

あの時は「学校に行けているから大丈夫」と思っていた

正直に言うと、この結果を受けて、

私が何をしたのか、あまり記憶がありません。

担任の先生や養護教諭の先生には伝えたと思います。

でも、

特別に何かが大きく変わった記憶はない。

たぶん私は、

「まだ学校に行けているから大丈夫」

そう思っていたのかもしれません。

娘の困りごとは、

見えにくかった。

本人も言えなかった。

だから私も、

深刻さに気づけなかった。

でも今振り返ると、

娘はずっと、

“頑張りながら困っていた”

のかもしれません。

次回は、そんな娘の困りごとが、学校生活でどう現れていったのか。

そして、少しずつ見えてきた「場面緘黙」と「社会的コミュニケーションの難しさ」について書こうと思います。

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